[雑記] 成績のインフレ

電車内の広告で、「成績のインフレ」ってのがあった。

要するに、成績が絶対評価になって、教員が生徒それぞれの能力を見極める必要が出てきたんだけど、結局それって教員の主観的なものだし、そもそもみんな頑張っていると思って5ばっかり付ける先生(大学だと「仏教官」ってやつですかね)もいれば、厳しくてみんな低い評価しかもらえない先生(大学でいう「鬼教官」)に分かれてしまう、だから成績表の内申点がほとんど意味がないものになってしまう、従ってテストで点数をとれるような客観的に評価できるだけの学力を身につけましょうっていうことだった。

これは、会社などでの「能力主義」にも近いモノがあると思う。以前は、年功序列制度によって、「入社年度」という絶対的かつ客観的な数字で給与が支払われていた。このころは、多少ボーナスの上下があったとしても、概ね公平だったと考えられる。けれど、最近は「能力主義」という名の下に、「上司の評価」というきわめて客観的な判断軸で給与や昇進などが決まるようになってきた。しかも会社の場合はテストのような画一的な評価ができないから、より一層バラツキが出てしまうようになった。こうして、"能力" という非常に曖昧な言葉の下に、会社員は不透明な評価をされるようになってきた。

もちろん、真に能力があって誰が見てもずば抜けた能力があるなら、能力主義というのは素晴らしいシステムだと思う。でも、世の中の大半の人は、隣の席の同僚とほとんど差はないわけで、そこに評価の差をつけようとすると、どうしても不透明になってしまうんだと思う。

そもそも、本当の意味での能力主義を導入すると、凡人な人事は能力があってバリバリ仕事をする人を適性に評価できないし、いつかは席を奪われてしまうので、本当は評価されるはずがない。だから、出る杭は打たれるってなわけで、おあとがよろしいようで。